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Hiwadabuki — The Timeless Craft of Thousand-Year Roofs

檜皮葺

千年の時をつなぐ屋根の技

第一章

檜皮葺とは何か

檜皮葺は、檜の外樹皮を薄く剥き、幾重にも丁寧に重ねて仕上げる日本最古の伝統屋根工法です。

薄く剥いた檜の皮を何重にも重ねて屋根に葺き上げていくことで、優美な曲線美と深い軒先の陰影を生み出します。見た目は杮葺(こけらぶき)と似ていますが、檜皮葺では板ではなく檜の樹皮を用いる点が異なります(杮葺は椹や杉の薄板を使用)。檜皮葺の屋根は濃い茶褐色で華麗優美、上品な印象を与えるのが特徴です。

素材と施工方法

檜皮葺に使われる檜の樹皮(檜皮〈ひわだ〉)は、通常樹齢80~100年以上の良質な檜から採取されます。立木の檜から表皮を剥いで得た檜皮を長さ約75cm、下幅15cm、上幅10cmほどの台形に整形し、横にずらしながら何層にも重ねて葺いていきます。固定には良質な竹から作った竹釘(たけくぎ)を用い、下地の板に一枚一枚の檜皮を打ち留めていきます。

耐久性と用途

こうした伝統工法により仕上げられた檜皮葺屋根は、天然素材のみとは思えない高い防水性と耐久性を備え、厚みのある屋根が雨漏りを防ぎます。耐用年数はおよそ35~40年程度とされ、その周期で定期的に葺き替えが行われています。

檜皮葺は主に神社仏閣や貴重な伝統建築で用いられ、特に社寺建築において格式の高い屋根材として発達しました。現在では一般住宅で見かけることは稀ですが、日本独自の風土が生んだこの屋根技法は、歴史的建造物の美観と構造を支える重要な要素となっています。

第二章

檜皮葺の歴史と起源

檜皮葺の歴史と発展

檜皮葺の歴史は古く、飛鳥時代(7世紀後半)にはすでに使われ始めたと考えられています。奈良時代には、高価な瓦の代替として貴族の邸宅や寺院建築に積極的に採用され、平安時代に入ると最も格式の高い屋根工法として宮殿建築や神社建築に広く用いられるようになりました。平安期の国風文化の中で檜皮葺は最高級の屋根仕上げと位置づけられ、当時の史料や絵巻にも寺社仏閣や貴族邸宅の屋根に檜皮葺が描かれています。

一方で瓦葺は6世紀末(推古天皇朝・588年頃)に大陸から伝来しましたが、当初は非常に高価だったため、限られた大寺院でしか用いられませんでした。奈良・平安時代の一般的な建造物では、檜皮葺や板葺(杮葺など木の板による屋根)が主流であり、大寺院以外の多くはこれら植物性素材の屋根であったことが絵巻物からも読み取れます。

技法の発展

当初の檜皮葺は、剥いだ樹皮を縄や葛藤で縫い付ける簡素なものでしたが、時代が下るにつれて技法も発達し、鎌倉時代頃までには、竹釘を使った現在の優美な檜皮葺の手法が確立したとされています。竹釘の考案によって屋根材をしっかりと固定できるようになり、流麗な曲線を描く大屋根構造が可能となりました。

代表的建築と現状

歴史的な檜皮葺建築の代表例としては、京都御所・紫宸殿、厳島神社(広島県)の社殿群、清水寺(京都市)本堂などが挙げられます。これらの屋根は濃い茶色の檜皮が幾重にも重ねられ、瓦とは異なる平滑で落ち着いた景観を形成しています。

日本全国で見ると、重要文化財に指定されている檜皮葺建造物だけでも約700棟にのぼり、指定外も含めると1,650棟以上に及びます。檜皮葺は日本固有の伝統技術であり、これら文化財建造物を保存するために欠くことのできない技術です。

しかしながら、現代の一般建築では檜皮葺が用いられることは皆無といってよく、文化財建造物の修復・維持の場面でのみ需要がある特殊な技術となっています。このため、後述するように素材調達や技術継承の面で課題が生じつつあります。

ユネスコ無形文化遺産に登録

2020年には「檜皮葺(ひわだぶき)」「杮葺(こけらぶき)」「茅葺(かやぶき)」「檜皮採取(ひわださいしゅ)」「屋根板制作」の技術が、伝統建築工匠の技としてユネスコ無形文化遺産に登録されました。この登録には、日本独自の自然素材を活かした技術体系が国際的にも高く評価された結果です。このことは後継者育成や保存活動にも大きな後押しとなっています。

第三章

檜皮葺の構造と技法

(その一)

檜皮採取

檜皮採取は、樹齢80年~100年以上の檜から外皮(檜皮)を傷つけずに剥ぎ取る高度な技術です。作業は檜を伐採せず立ち木のまま行われ、秋から春にかけて実施されます。

木の根元から専用の木べらで"へら入れ"を行い、丁寧に皮を剥いでいきます。手の届かない高所では「ぶり縄」と呼ばれる道具を使って木に登り、採取を行います。剥がされた皮は「丸皮」として束ねられ、保管・乾燥を経て次の加工工程へ進みます。

なお、最初に採れる皮は「荒皮」と呼ばれ、10年程度の周期で再採取される皮は「黒皮」となります。黒皮は品質が高く収量も多いのが特徴です。

(その二)

檜皮成形

採取された檜皮(原皮)は職人の手によって屋根材に加工されます。

まずは「洗皮(あらいかわ)」という工程で、檜皮包丁という専用の刃物を使い、所定の厚みに整えます。この際、表面のヤニや筋を取り除き、材料の質を高めます。

続いて「綴皮(つづりかわ)」の工程では、用途に応じて檜皮の形状を整えます。一般的な平葺き部分に用いる檜皮材では、長さ75cmの皮を2~3枚重ね、上辺約10cm、下辺約15cmの台形状に切り出して木口を包丁で切り揃えます。そのほか屋根の形状に応じて、生皮・谷皮などもこしらえます。

(その三)

屋根への葺き上げ

屋根葺きは専門の「葺師(ふきし)」によって行われます。軒先の部分から始まり、軒付皮を所定の厚みまで積み上げた後に「手斧(ちょうな)」という道具で切り仕上げていきます。水切り銅板と上目皮を張って軒先を補強し、その後平葺き作業に移ります。

長さ75cmの平皮を4分(1.2cm)間隔で重ねて、竹釘で打ち止めながら葺き上がっていきます。「葺師」は竹釘を30本程度口に含み、舌先で器用に1本ずつ向きを確認し、「屋根かな(金槌)」で打ち付けていきます。片手は葺き材を押えたまま、もう片方の手だけで竹釘を打つ特殊な技術です。

屋根には唐破風、谷、箕甲などさまざまな部分があり、場所に応じて整形した皮を使用し、水の流れなどを考えながら一枚一枚丁寧に作業を行います。

竹釘について

檜皮葺では、自然素材である竹釘が用いられます。真竹が多く使用され、通常長さ3.6㎝、径3㎜に裁断した後、天日乾燥され焙煎をすることで腐食しにくくなります。檜皮や木材との相性がよいため、屋根材全体の耐久性や調和を保つために最適な素材とされています。現在では竹釘を製造する会社は兵庫県丹波市山南町にある石塚商店様のみとなっています。

第四章

檜皮葺職人の技と継承

檜皮葺を支える職人技術

檜皮葺は高度に専門化した伝統技術であり、その施工・維持には職人の卓越した技能が欠かせません。檜皮葺に関わる職人は大きく分けて3種類います。山で檜皮を採取する原皮師(もとかわし)、加工した檜皮を実際に屋根に葺く葺師(ふきし)、そして檜皮葺に用いる竹釘を製作する竹釘師です。これらの職人たちがそれぞれ専門の技を発揮し、連携することで初めて美しい檜皮葺屋根が完成します。いずれも一朝一夕で習得できるものではなく、長年の修業と経験を積み重ねて磨かれる熟練の技術です。

檜皮葺職人の巧みな竹釘打ち作業は特に印象的です。葺師は屋根の上で片手に金槌を持ち、もう一方の手で檜皮を押さえ、口に含んだ竹釘を一本ずつ素早く取り出して打ち込みます。不安定な足場で繰り出される片手での釘打ちは、檜皮葺ならではの職人技なのです。

技術継承の課題

しかし近年、こうした伝統技能の継承が大きな課題となっています。まず、檜皮採取を担う原皮師の数が激減しています。その理由は、原皮師の仕事が危険かつ重労働であり、なり手が少ないためです。実際、檜皮葺用の檜皮供給は年々逼迫しており、原皮師の高齢化・引退により材料そのものが不足する懸念も出ています。

また、屋根を葺く葺師に関しても、社寺の大屋根工事は需要が限られるうえ、高所作業や長期出張を伴うことから若手の参入が少なく、担い手の高齢化が進んでいます。檜皮葺・杮葺の技術は一般の建築分野ではほとんど使われることがないため、伝承の場も限られているのが実情です。このままでは貴重な伝統技術が失われかねないとの危機感から、文化庁や業界団体も技術保存の取り組みを強化しています。

国による保護・支援

日本政府は文化財保護法に基づき、檜皮葺・杮葺の技術を選定保存技術に指定して保護・支援しています。檜皮葺・杮葺は1976年(昭和51年)に選定保存技術に選定され、これらを習得した職人や保存団体が国から支援を受けつつ技術の保存継承に努めています。

たとえば公益社団法人・全国社寺等屋根工事技術保存会(京都)は、檜皮葺・杮葺や茅葺など社寺屋根工事の技術保存団体として活動しており、後進の技能者育成や情報交換を行っています。また個人レベルでも、優れた技術者は選定保存技術保持者(いわゆる人間国宝に準ずる位置づけ)に認定され、伝承者として支援を受けています。現在では檜皮採取部門で大野浩二氏が保持者として認定されています。

国際的評価と次世代育成

さらに近年では国際的な評価も高まっており、2020年には「檜皮葺・杮葺を含む伝統建築工匠の技」がユネスコの無形文化遺産に登録されました。これは木造建造物を未来に受け継ぐための17分野の伝統技術群の一つとして、檜皮葺などの屋根技術が世界的にも価値ある文化遺産と認められたことを意味します。この登録により檜皮葺職人たちのモチベーションも高まり、国内外に技術発信する動きも出ています。

しかし、最も重要なのは現場で実際に手を動かす次世代の職人を育てることです。近年、一部の工業高校や職業訓練施設で伝統建築修復を学ぶコースが設けられたり、文化財修理現場での実地研修が行われたりと、新たな取り組みが始まっています。また、檜皮採取に関しては林業関係者との協力で技術指導会が開催される例もあります。檜皮葺の世界では「一人前の職人になるのに最低10年」といわれるほど修得に時間がかかりますが、経験を積んだ熟練工の技を若手に伝えていく、地道な努力が続けられています。

伝統技術の継承への思い

檜皮葺職人の巧みな仕事ぶりは、日本建築の伝統美を陰で支えるものです。檜皮葺文化の継承には、素材となる檜の森を守り、貴重な技を次世代につなげていくこと不可欠といえます。幸い、檜皮葺・杮葺の技術は国の支援と職人たちの情熱によって守られつつあり、その灯は細く、長く受け継がれています。私たちも社寺を訪れる際には、美しい檜皮葺の屋根に注目し、そこに込められた職人の技と努力に思いを致したいものです。

檜皮葺職人の道具

檜皮採取では木べらや腰鉈、檜皮整形には檜皮包丁と作業台「当(あて)」が使われます。葺き作業には手斧、竹釘、屋根かななどが必要で、すべての工程に職人の熟練した手仕事が求められます。

へら

ぶり縄

わく

コロ

大切包丁

腰ナタ

シャク

屋根金鎚

チョンナ(手斧)

檜皮包丁

生皮包丁