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Kayabuki — Thatched Roofs: Japan's Pastoral Heritage

茅葺

日本の原風景を支える草屋根

第一章

茅葺とは何か

茅葺の概要と特徴

茅葺(かやぶき)とは、ススキやヨシ、オギ、カリヤス(小茅)などの稲科植物の茎を束ねて重ね、屋根を形作る日本の伝統工法です。草屋根や草葺とも呼ばれ、かつては民家や農家、数寄屋造りの茶室など広く用いられていました。断熱性や通気性に優れ、素材の再生可能性にも富む茅葺は、まさに自然とともに暮らす日本人の知恵の結晶といえます。

地域による多様な形態

草を束ねて葺くという素朴な構法ながら、南北に長い日本列島の各地において気候風土や地理的条件に根ざした個性的な屋根形態を生み出してきました。岩手県南部地方の曲屋、秋田・新潟の北陸地方の中門造、岐阜県白川郷の合掌造、山梨県のかぶと造、島根県出雲平野のそり棟、有明湾のくど造など、地域特有の建築様式が発展し、棟飾りや棟じまいにも地方の個性が豊かに表現されています。

こうした多様な茅葺文化は現在も各地に残されており、日本の伝統的な景観を形作る重要な要素となっています。なお、茅葺屋根は日本だけでなく、北欧やオランダ、イギリスの民家など世界各地にも分布し、それぞれの地域で個性豊かな景観を見せています。

第二章

茅葺の歴史と起源

茅葺の歴史的発展

茅葺の起源は日本の古代まで遡り、竪穴住居や高床式倉庫などの原初的な建築物の屋根材として広く用いられていました。歴史の流れとともに発展し、江戸から明治期にかけては農山村の民家や町家、さらには神社の摂社・末社に至るまで、日本の景観を彩る一般的な屋根形式として定着していきました。

代表的な茅葺建築

この伝統技法の代表的な遺構として、岐阜県の白川郷に見られる壮麗な「合掌造り」や、福島県の大内宿に残る風情豊かな古民家集落が広く知られています。これらの建築群は、豪雪地帯特有の急勾配を持つ屋根形状や、独特の棟の芝張り技法など、それぞれの地域風土に適応した独自の意匠美を今に伝えています。

また数寄屋造りの世界においては、日本美の根幹をなす侘び寂びの情趣を表現する建築要素として、茅葺が洗練された形で取り入れられてきました。

現代における保存活動

現代においては、かけがえのない文化遺産として保存される茅葺建築が日本全国に点在しており、各地域に設立された「茅葺保存会」などの熱意ある団体が、この貴重な建築様式の維持管理と伝統技術の継承に尽力しています。

第三章

茅葺の構造と技法

茅葺の材料と基本技法

茅葺に使われるのは、よく乾燥させたススキやヨシ、カリヤスなどの草茎です。これらを丁寧に束ねた「茅束」を屋根下地に縛りつけ、下から上へと順に積み重ねていきます。

茅葺の方法には、茅の根本を下に向けて葺く「真葺」と、穂先を下にして葺く「逆葺」がありますが、日本では真葺が一般的です。逆葺は作業が容易で薄く葺いても雨仕舞いは良いものの、耐久性に劣るため限られた建物にしか用いられていません。

施工工程と技術

屋根葺き作業の最初のステップは茅ぞろえです。材質の良否や長短を見極めながら、軒用、棟用、隅用と選別し、使いやすいように切断・結束します。そして実際の施工では、軒の厚みをつける軒付け、屋根で最も重要な水切り、屋根の形を作る平葺、そして平葺の終わりから雨漏れを防ぐ棟仕舞いへと、下から上に積み上げていきます。

平葺には長いまま使用する長茅と、適当な長さに切断する切茅を使い分け、まず隅尾(稜線)の部分を葺いて厚みと勾配を決め、これを基準に平面を葺いていきます。

固定方法と構造上の工夫

伝統的な固定方法は、茅を50cm前後の厚みに敷き並べ、長い竹(押し鉾竹、押え竹)を横に置き、屋根野地の垂木またはえつり竹に「とっくり結び」という特殊な結び方で縄を用いて挟み込みます。現在では耐久性を高めるため針金なども併用されることがあります。

一段ごとの「葺き足」を一定に保ちつつ、雨水が内側へ侵入しないよう重ねの角度や方向に細かな工夫が凝らされ、屋根勾配は急な方が排水性に優れるため、結果として屋根全体の耐久性も高まります。

茅葺は柔らかな草で空気を含み、断熱性に優れる一方、杮葺は木板による耐候性・強度を備えています。それぞれの特性を活かし、建築様式や用途に応じて使い分けられてきました。

第四章

茅葺職人の技と継承

現代における茅葺技術の現状と課題

現代社会において茅葺の伝統技術は、主に文化財建造物の修復事業や歴史的価値を持つ観光施設の保存活動などを通じて、辛うじてその命脈を保っています。しかしながら、良質な茅の採取場所となる「茅場」の著しい減少や、熟練職人の高齢化と後継者不足といった根本的な課題が年々深刻さを増しています。

国際的評価と保護体制

こうした危機的状況の中で、茅葺技術は2020年、「伝統建築工匠の技」の重要な構成要素としてユネスコ無形文化遺産に正式登録され、国際的な評価と保護の対象となりました。また、日本政府もこの貴重な技術を「選定保存技術」として公式に位置づけ、各地の茅葺保存団体への体系的な支援体制を整えています。

さらに、茅場の環境保全や持続可能な材料供給に関する独自の補助制度を導入する自治体も徐々に増加しており、技術継承と資源確保の両面から支える社会的仕組みが少しずつ形作られつつあります。

文化的価値の継承

茅葺は単なる建築上の屋根工法ではなく、日本の風土と繊細な美意識を見事に体現する文化的遺産です。この比類なき価値を次世代にどのように引き継いでいくかが、現代の私たちに問われている重要な課題なのです。