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Kokerabuki — Elegant Roofs Crafted from Thin Wooden Shingles

杮葺

木の薄板が紡ぐ優美な屋根

第一章

杮葺とは何か

杮葺の概要と技法

杮葺(こけらぶき)は、日本古来の伝統的な屋根葺技術の一つです。木材の薄い板を幾重にも重ねて屋根を葺く工法で、その繊細さと美しさは日本建築の粋を集めたものといえるでしょう。

この技法では、杉や椹(サワラ)などの良質な大径木を厚さわずか3mm程度の薄板(杮板)に加工して用います。職人たちは、この繊細な杮板を竹釘で一枚ずつ丁寧に固定しながら、絶妙にずらし重ねていくことで、美しい屋根面を形成していきます。

特徴と優位性

薄板の持つ柔軟性により、曲線的な屋根形状にも見事に対応できるため、複雑な伝統建築の屋根でも優美で緻密な景観を実現できることが大きな特徴です。茅葺(かやぶき)や檜皮葺(ひわだぶき)と並び、杮葺は日本を代表する伝統的な植物性屋根材として、多くの貴重な文化財建築に採用されています。

国際的には「ウッドシングル屋根」(wood shingle roof)とも称され、木質の板を用いた屋根工法自体は世界各地に存在します。しかし、日本の杮葺ほど薄い板を巧みに用いて高度に発達した例は他に類を見ず、その技術の精緻さと美的表現は比類なき芸術性を持っています。

歴史と代表建築

歴史的には、書院造の建物、社寺の客殿、武家屋敷など、格式高い建築物に主に用いられてきました。京都の金閣寺(鹿苑寺舎利殿)や桂離宮、奈良の室生寺金堂などは、この杮葺屋根の代表的な遺構として今日も人々を魅了しています。現在、国指定の重要文化財建造物だけでも350棟以上が杮葺屋根を戴いており、日本の伝統建築を語る上で欠かせない存在となっています。

文字と材料の違い

なお、「杮(こけら)」という文字は「柿(かき)」に似ていますが全く別の字であり、木片・木屑を意味します。時に「柿葺」と表記されることもありますが、本来は異なります。また、檜皮葺が檜の樹皮を素材とするのに対し、杮葺は杉や椹(サワラ)などの木材そのものを薄く劈いだ板材で葺く点が本質的な違いです。

耐久性と継承の意義

天然木の手割り板を用いる杮葺屋根は、概ね20~30年の耐用年数を持ちます。定期的なメンテナンスとして、雨風にさらされる部分の板を差し替えたりしながら、長い年月にわたり貴重な建物を風雨から守り続けています。このような伝統技術の継承は、日本の文化遺産を未来へと伝える上で極めて重要な意義を持っているのです。

第二章

杮葺の歴史と起源

杮葺の起源と発展

杮葺は飛鳥時代の皇極二年の「飛鳥板葺宮(あすかいたぶきのみや)」に由来があるとされています。古代日本では茅葺屋根が庶民の家屋に広く普及していましたが、やがて製材技術の発達とともに板葺(いたぶき)屋根も現れるようになりました。

しかし初期の板葺は板厚があり直線的な屋根にしか適さなかったため、曲線を帯びた寺院建築などでは雨水の浸入による腐朽も生じやすく、その普及は限定的なものでした。こうした課題を克服するため、檜皮葺のように薄い材料を幾層にも重ねる洗練された技法が板葺にも取り入れられ、檜皮と木板双方の長所を併せ持つ革新的な屋根技法として杮葺が成立したと考えられています。

文献記録と現存建築

文献上で「杮葺」の語が登場する最古の記録は、鎌倉時代初期の建久8年(1197年)に成立した『多武峰略記』とされています。また、現存する最古の杮葺建築としては、奈良・法隆寺の聖霊院内にある厨子(ずし、小祠堂)の屋根が12世紀前半頃の杮葺であることが確認されており、その歴史の深さを物語っています。

中世における技法の変遷

中世以降、社寺建築ではより厚みのある栩葺(とちぶき)や木賊葺(とくさぶき)も用いられていました。しかし、厚板では屋根に優美な曲線を形成するのが難しいという制約があったため、次第に薄板の杮葺へと置き換わっていきました。例えば鳥取県の三仏寺本堂は建立当初は栩葺でしたが、後世の修復において美しさと機能性を兼ね備えた杮葺に改められています。

江戸時代までに杮葺が板屋根の主流となった結果、現代に伝わる板葺屋根の文化財建築の多くは杮葺仕様となっています。対照的に栩葺や木賊葺の遺例は極めて少なく、それらを施工できる熟練職人もほとんど存在しなくなりました。

近現代における杮葺

明治以降は耐火性の観点から瓦葺の普及や法規制も進み、新規に杮葺屋根を架ける建築は減少しました。しかし、神社仏閣や数寄屋建築など伝統的建築の維持修復においては、その美しさと歴史的価値から今日も欠かせない存在となっています。

近年では名古屋城本丸御殿(2018年再建)で杮葺屋根が復元採用されるなど、貴重な文化財建築の復元においても杮葺の伝統技術が継承され活かされています。

ユネスコ無形文化遺産に登録

2020年には「檜皮葺(ひわだぶき)」「杮葺(こけらぶき)」「茅葺(かやぶき)」「檜皮採取(ひわださいしゅ)」「屋根板制作」の技術が、伝統建築工匠の技としてユネスコ無形文化遺産に登録されました。この国際的な評価は、千年以上にわたって受け継がれてきた日本の杮葺技術の卓越した歴史的・文化的価値が、世界的にも認められたことを意味しています。

第三章

杮葺の構造と技法

(その一)

原木の選定と基本加工

杮葺に使われる板材(杮板)は、サワラ、スギ、クリなど水に強く繊維質が通った厳選された木材から作られます。節や腐朽部のある木からは良質な杮板を取れないため、山林で慎重に選別された大径木の赤身材(心材)のみが用いられます。

製作はまず、原木をおよそ30cmの長さで輪切り(玉切り)にし、外周部の白太(辺材)を丁寧に削ぎ落として芯材のみを取り出すことから始まります。

(その二)

みかん割りと杮板の製作

続いて丸太を6等分ないし8等分に放射状に割る「みかん割り」を施し、その放射片から柾目方向に厚さ3~5cmほどの板を取り出します。さらに板の幅を整えた上で、熟練の技で小割り包丁を用いて所定の厚みに薄く裂いていき、最終的な杮板を仕上げます。

鋸ではなく楔と包丁による手割りで板を作ることで、木目が潰されず繊維方向に自然に割れるため、雨水の毛細管浸入を防ぎ、材の耐水性・耐久性を高めます。

(その三)

杮板の種類と地域差

杮板の厚みは一般に約1分(約3mm)ですが、時代や地域によって差異があります。板厚が2分(6mm)以上になると木賊葺(とくさぶき)、5分(15mm)以上では栩葺(とちぶき)と呼び分ける習慣もあります。

薄板製作技法はかつて地方色が豊かで、木曽(三州)・遠州・出雲など各地に独自の流派が存在し、工具や手順に興味深い違いが見られました。現代では動力鋸の活用や技術標準化も進みましたが、なお職人の手技による精緻な板造りが品質の要となっています。

(その四)

平葺きの基本技法

完成した杮板(幅10cm前後・長さ30cm前後)を用いた葺き方の基本は平葺(ひらふき)と呼ばれる手法です。まず軒先に小軒板を積み上げて所定の厚みを持たせた上で、鉋掛けで仕上げていきます。

一段ごとの葺き足(ずらし幅)は約1寸(3cm)程度とし、板の継ぎ目が上下で重ならないよう千鳥状にずらして敷き詰めます。基本的には板を2段ずつ重ねて一組とし、竹釘で屋根下地に打ち付けて固定します。

特殊部位の処理と屋根構造

屋根の曲面部や破風板との取り合い部(箕甲(みのこう))では、高度な技術が要求されます。あらかじめ曲面に沿うよう板材を巧みに成形して納める作業は、職人の技量が最も問われる工程の一つです。

竹釘は木材との相性が良く錆びる心配もないため古来より用いられてきましたが、近年では耐久性向上のため平葺の際に銅板を敷き込む施工も行われます。葺き上がった屋根は板が幾重にも重なり、板間の適度な空隙が小屋裏の通気を促し、内部の乾燥を保って木材の寿命を延ばします。

第四章

杮葺職人の技と継承

職人技術の専門性

杮葺の施工・維持には、高度な技能を持った職人の存在が不可欠です。屋根板の素材選定から製材、さらに実際の葺き作業まで、一連の工程には長年にわたる経験と繊細な勘所が要求されます。

特に板材の手割りや薄板の仕上げといった工程では、木の繊維や節の走り、硬さといった性質を瞬時に見極めながら専用の鉈・包丁類を巧みに使いこなす職人技が光ります。葺き上げの際も、均一で美しい仕上がりを実現するために一枚一枚の板の微妙な厚みや弾力を指先で感じ取りながら、リズミカルに竹釘を打ち込んでいく熟練の技術が必要とされます。屋根は建築物を風雨から守る要であり、杮葺職人たちは伝統建築の保存において重要な担い手となっているのです。

技術継承の課題

この貴重な技術を次世代に継承していくことは、現代日本における大きな文化的課題でもあります。杮葺に適した質の高い木材の確保は、現代の林業衰退と大径木の減少により年々困難になってきていると専門家から指摘されています。

また杮葺屋根自体、近代以降は防火上の理由から新築で採用される機会が著しく減少し、もっぱら文化財建造物の修復工事など限定的な需要に支えられる状況が続いています。こうした背景から、熟練職人の高齢化や後継者不足が深刻な問題として浮上しており、何世紀にもわたって受け継がれてきた伝統技術の断絶を防ぐための組織的な取り組みが強く求められています。

国による支援と国際的評価

こうした危機感を背景に、国も「杮葺・檜皮葺」やそれに関連する「屋根板製作」技術を選定保存技術に指定し、公益社団法人全国社寺等屋根工事技術保存会への支援を通じて技術者育成と技能保存に積極的に努めています。2020年のユネスコ無形文化遺産登録も、この分野の職人技に国際的な光を当て、支援を拡充するための大きな追い風となりました。

未来への展望

幸いなことに、社寺建築の修理需要は今後も周期的に見込まれるため、現場を通じた若手育成の機会は存在します。国や地方自治体、文化財保護団体などが連携し、材料の安定供給策を図りながら技術研修の場を設けることで、杮葺職人の伝統の技が次世代へ確実に受け継がれていくことが期待されます。これは単なる建築技術の伝承にとどまらず、日本の美意識や自然との共生の知恵を体現した文化遺産を守り継ぐ、国民的な使命といえるでしょう。

杮葺職人の道具

杮板制作では大割包丁や木づち、へぎ包丁、銑(せん)包丁が使われます。葺き作業には竹釘、屋根かなやへぎ包丁を使用し、すべての工程に職人の熟練した手仕事が求められます。

大割包丁

へぎ包丁

銑(セン)包丁

木づち

楔(くさび)

屋根金槌